大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所函館支部 昭和34年(う)28号 判決 1959年7月07日

控訴人 検察官

被告人 益田文夫

検察官 三上庄一

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一、〇〇〇円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は検察官丸物彰作成の控訴趣意書並びに同三上庄一作成の同補充説明書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意(法令適用の誤)について。

所論は自動車の保有者に雇われている運転者も自動車損害賠償保障法第八七条、第五条による処罰の対象に含まれると主張し、原裁判所において被告人が同法に定める自動車損害賠償責任保険の契約が締結されていない自動車を運行した事実を認定しながら、被告人が自動車の保有者である渡辺駒治に雇われている単なる運転者であつて、同人から右責任保険契約を締結する権限を与えられていないことの故をもつて、右被告人の行為を前記法条に該当しないと判断した点につき、被告人を無罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。よつてこの点について考えてみるに、自動車損害賠償保障法第五条は自動車は責任保険の契約の締結されているものでなければ運行の用に供してはならないと定めており、同法第三条第一一条等の規定によると、同法は右責任保険の契約者として、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で自己のため自動車を運行の用に供するものすなわち同法にいう自動車の保有者を概ね予想していることが窺われ、従つて右第五条によつて責任保険契約の締結が強制されるのも概ね自動車の保有者に対してであるということがいい得られるけれども、保険契約を締結すべき者を保有者に限り運転者その他の第三者を除外する何らの規定も存しないのみならず、前記第五条は自動車損害賠償責任保険契約が締結されていない自動車を運行に供用することを直接禁止することによつて、右責任保険契約の締結を間接に強制するものであつて、その行為の主体について限定していないし、右規定と同法第九〇条の両罰規定とを対比してかれこれ考えると単に保有者に雇われて保有者のために自動車を運行の用に供する運転者が責任保険の契約の締結されていない自動車を運行の用に供した場合も、同法第五条に違反して運行の用に供したものと言わなければならない。また実質的に考えてみると、自動車による事故は保有者等の過失よりも運転者自体の過失による場合が多いことはいうまでもなく、責任保険は保有者の被害者に対する損害賠償による損害のみならず、運転者が被害者に対して損害賠償責任を負うべき場合の運転者の損害をもてん補するものであることは同法第一一条の明定するところであるから、同法の規定はすべて保有者のみならず運転者にも密接な関係を有するばかりでなく、同法第八条によると自動車は右責任保険の証明書を備え付けなければ運行の用に供してはならないのであるから、既になした責任保険の契約期間が経過していないかどうかその他責任保険の契約が締結されているかどうかについて最も注意を払い得るのは通常運転者自体であるということができるのであつて、同法第五条の適用につき、他人のために自動車の運転に従事する運転者を除外すべき理由がない。札幌高等裁判所昭和三二年一二月一二日言渡昭和三二年(う)第三五九号事件の判決は右の結論を左右するものではない。然らば、被告人が責任保険契約が締結されていない自動車を運行したことを認定しながら、被告人の行為をもつて自動車損害賠償保障法第五条第八七条に該当しないものとして、被告人に無罪を言渡した原判決は、判決に影響を及ぼすこと明かな法令適用の誤があるものといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第四〇〇条但書により原判決を破棄した上、更に当裁判所において次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三三年一〇月二五日午後三時頃茅部郡森町字蛯谷町五五番地先道路において、自動車損害賠償保障法で定める自動車損害賠償保険の契約が締結されていない普通貨物自動車(函-は〇二二一号)を運行の用に供したものである。

(証拠の標目)

一、司法警察員宗像延徳作成の犯罪事実現認報告書。

一、原審第一回及び第三回公判調書中被告人の供述記載。

(適条)

自動車損害賠償保障法第八七条第五条罰金等臨時措置法第二条、刑法第一八条。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 岡成人 裁判官 今村三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例